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食道楽になったわけ

 小生はグルメでも美食家でも食通でもない。高価で贅沢な美味を追い求めるわけでもなく、食べたいのでもない。
 旨いもの、ものを美味しく食べたいだけである。ただ、食べることに貪欲なだけなのかもしれない。

 こんなふうになったのは、美食家の父親の影響に端を発する。
 食道楽への火付け役は、池波正太郎シリーズ『鬼平犯科帳』にしばしば登場する、本所深川の軍鶏鍋屋「五鉄」での鬼の長谷川平蔵こと中村吉右衛門丈が軍鶏を食す名演技である。思わず唾を飲み込みたくなるではないか。歌舞伎座の舞台であれば、必ずや大向こうから「播磨屋」の声が小気味よく場内に響くであろう。まことに嬉しそうに酒を飲み、旨そうに軍鶏を口にほおばるではないか…。この瞬間、生きる悦びと食べる愉しみが伝わる。
 
食道楽に拍車を掛けたのは、昨年度まで十七年間、某大学体育会系某部の監督を務めていた関係により、月に三回程度上京する機会に恵まれ稽古の空き時間を利用しての芝居を観たり、食べ歩いたりと自遊人を思う存分に満喫できたからだ。
 小生の学生への口癖は、食べるときは「このやろう」と思って食べろ、飲むときは「このやろう」と思って飲め、稽古するときは「このやろう」と思って稽古しろであった。その影響あってか、教え子の多くは稽古好きにはならなかったものの、幸か不幸か酒好き、旨いもの好きになっている。教え子に会えば開口一番「監督、あそこのあれが旨いですよ。」と、挨拶もそこそこに旨いもの情報が耳に飛び込んでくるありさまである。学生時代は酒といえばざる、食べ物といえば口がユンボ(バックホー)かゴミ箱かと思うぐらいの食欲であった彼ら彼女らも、卒業すると量から質を求めるようになったらしく、旨いもの情報も呆れるほどの能書きが多く、情報選別にも苦労するのである。
 
 人間はいつかは死ぬ。人は死ぬために生きてくる。死ぬところに向かって生きている。とても複雑だ。とても矛盾を感じる。
 人間の生活と食べものとは、切っては切れぬ関係にある。
人生は楽しい時ばかりではない。でも、苦悩や絶望の乱気流のなかにあっても、そこで好物の旨いものを一口。「ああ、旨い。」と感じ生き甲斐を覚えるのは小生のみであろうか。生きていることの幸福を感じる。
 これからも食べることを大事にしていくために、食の自遊人としての思いを書き綴ってみよう。

hh * はじめに * 13:04 * comments(5) * trackbacks(20) * pookmark

日曜日の喫茶店

 日曜日の午前中の喫茶店も楽しみであった。父親に連れられて「バンバン」「ぎょくろ」「夕香里」。別にコーヒーがとりわけ好きではない。しかし、誘われれば必ずついて行った。なぜか、喫茶店の空間に大人の匂いというか世界のような雰囲気が感じられ、大好きであったのだ。また、コーヒーなんともいえない香りも誘惑のひとつであった。
 必ずや注文するピザトースト。焼きたて熱々のそれに、タバスコをこれでもかと振りかけ一口ガブリ。舌にヒリヒリ感を覚え、汗をかきながらほおばる旨さが何とも言えないのだ。
 それとゆで卵。何の変哲もない、ごくふつうのゆで卵であるが、カウンターの片隅の皿のゆで卵に目がとまると、何が何でも食べたくなるのが不思議である。カウンターに腰掛けて食べるゆで卵の味の絶妙なこと。殻を灰皿にむき捨て、食塩を振りかけ一口、また食塩を振りかけ一口、実に旨いものである。家では決して好んで食べないゆで卵であるが…。
 後、好んで注文するものといえば、ナポリタンとミートのスパゲティーである。タバスコとチーズを振りかけフォークでいただく、これがりっぱな洋食を味わっている気分になるのだ。
 小生も子どもの頃は、実に純粋であったのだ。ただの単純だったのかもしれないな。でも、これがたまらなく旨いと感じたのだ。
 
hh * 幼少の懐かしい味 * 18:13 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

稽古のあとの味

 小生は、赤胴鈴之助に憧れ小学校より剣道を志した。
 一人っ子で根性なしの小生が、なぜ剣道を続けることができたのか。その答えは旨いものが食べられるからである。
 小学校時代、小生は二ヶ所の道場に通っていた。一ヶ所は、サッカーでおなじみの磐田市にある尚道館道場、もう一ヶ所は地元掛川の剣心会スポーツ少年団である。
 尚道館は午後四時半稽古開始で終了は六時頃になる。当然、お腹がすく時間帯である。この尚道館の近くに、とても繁盛していた「かにや」というラーメン屋があった。普通のラーメンが350円程度であった当時、この店は600円程度であったと記憶している。小生の大好物のチャーシューメンは何と800円である。とても小遣いでは太刀打ち出来るものではない…
 しかし、磐田市内には母親の友人(同級生)が洋服屋さんに嫁いで住んでいた。当時から悪知恵の働く小生は時々「おばさん。」とラーメン目当てに顔を出す。「あら、ひろちゃん。今お稽古終わったの。お疲れ様。お腹空いてない?かにやでも取ろうか?」こうなればしめたものである。
 当時のここのラーメンの味は、小生にとっては他店の追随を許さない味であると確信していた。旨かった。今も忘れられない。
 
 一方、剣心会スポーツ少年団は午後7時稽古開始で終了は9時である。夕飯は必然的に軽めとなる。夜の稽古ということで行き帰りは親の同伴であり、当然、車での送迎となる。体つきは相撲取り顔負けの父親である。9時ともなれば当然小腹が空く。「何か食べて帰るか。」この言葉に苦笑い。思わず「待ってました。」
 良く寄った店がラーメンと餃子の「宝龍」、寿司の「日の出」、焼き鳥の「辰ちゃん」である。
 「辰ちゃん」が一番立ち寄った店である。超若いお客ということもあり、辰ちゃん(もちろん屋号である。)をはじめ周りのお客さんから注目の的であった。
 席に座るやコカコーラを注文。今考えると小生意気な小学生である。レバやハツの刺身を注文するのに「生ちょうだい。レバとハツと半分づつね。」である。これを食した後、ホルモンにタンにねぎまを平らげてご馳走様となる。何か大人の仲間入りしたような心持ちであったのだ。ここで一度も注文しなかったものがある。それは「おもろ」豚足であった。今はなんとことないが…どうもあの頃は。

 日の出寿しも大好きな店であり、大人の世界に浸れた処である。カウンターに座るやおしぼりで手を拭く。この瞬間が何ともいえないのである。
 ここに来ると小生なりの寿司の食べる手順があった。洒落臭いと言われるかもしれない。まずは、握りじゃなくて摘みでげそと卵を注文。お茶を飲みながら味わう。その後、握りで数の子、子持ち昆布、ウニ、イクラ、イカ、タコ、エビそしてトロとなる。子ども心にもトロは高価なもので、あまり注文しては…。父親の財布を心配していたのだろうか。その後、好きなネタを二冠ほど食べて、締めは巻物を二本程度。「包丁入れずにね。」である。
 子どもは覚えなくてもよいことを生意気にも覚えて口にするものである。何度も通っているうちに、いろいろなお客からの影響を受ける。
 父親の知らぬ間に、ガリだのムラサキだのといった言葉を覚える。覚えれば使ってみたくなる。ある時「ギョクちょうだい。」「ガリちょうだい。」と小生が始めた。父親は笑いながら何も言わなかった…。最後に「上がりちょうだい。」
 家に帰り、父親と一緒に風呂に入り「お寿司美味しかったねぇ。」と一言発すると、父親が一言。
 「いいかい。ギョク、ガリ、ムラサキ、シャリ、アガリという言葉は、お寿司屋さんが専門に使う言葉なんだよ。隠語って言うんだけどな。お客さんが使う言葉じゃないんだ。本当に知っている人(通)はそんな言葉は使わないよ。」
 その後、お店にいっても隠語は使わなくなった。

hh * 幼少の懐かしい味 * 18:14 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「ぼたん」のとんかつ

 父親に良く連れられて通ったお店「ぼたん」(とんかつ)は、小生お気に入りナンバーワンである。ここのとんかつの旨さは天下一品である。ころもの食感と肉のジューシーさがたまらないのである。さらに、秘伝のソースの旨いこと。小生の食欲を更にそそるのであった。
 ここのローストチキンも大好物であった。母親はとんかつよりもローストチキンのファンであった。このローストチキンを父親は、毎年クリスマスになると、社員へのクリスマスプレゼントとして愛用していたようだ。
 ここのお店は、父親の趣味仲間のアジトみたいな店であったような気がする。父親がゴルフや釣りに興じた夜には、必ずといっていいほど出掛けた記憶があり、お土産のローストチキンを待ち望んでいたものだ。
 この店での父親達の話題は、いつも釣りやゴルフや消防であったのだろうと想像する。
 父親は、ここでは白身魚のフライをよく注文していた。とんかつ屋なのになぜだろうと思っていたが、今考えると、釣り仲間持参の魚が料理されたのかと推測される。
 小生は白身魚などには見向きもしなかった。とんかつと海老フライ、そしてお土産にローストチキンで満足、満足。
 この店を一歩外へ踏み出ると、なぜか子どもながら、なんとなく花街の一片を感じたものだ。別に三味線の音色が聞こえてくるわけでもなく。
 
hh * 幼少の懐かしい味 * 18:14 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

「老虎」の餃子

 学校帰りのある日、母親に連れられ食べに行く店の餃子が無性に食べたくなった。この店は、父親の会社事務所の隣にある「老虎」という中華料理屋である。当時としては餃子も安いものでなかった。当然、子どもの一日の小遣いでは食べられる代物ではない。
 陰から事務所に父親が不在であることを確認すると、「お父さんは…。」事務の女性社員にぬけぬけと、「今日ねぇ、事務所で千円貰って隣の店で餃子を食べていいって、お父さんに言われたんだけど。」なんて嘘をついて千円を手に入れると、そのまま隣の店に入った。1,000円で食べられるのか心配で、どきどきしながら餃子を2枚注文。注文後に一枚150円であることが判明。更に2枚を注文し共犯者にご馳走したのである。この餃子が旨いこと旨いこと。毎日たべても飽きないと思っていたぐらいだ。コカコーラも追加注文したかも知れない。とても幸せなひとときであった。共犯者は幼なじみの貴子ちゃんだったかなぁ。
 その後、この店には母親としか行っていない。

hh * 幼少の懐かしい味 * 18:14 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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