小生は、赤胴鈴之助に憧れ小学校より剣道を志した。
一人っ子で根性なしの小生が、なぜ剣道を続けることができたのか。その答えは旨いものが食べられるからである。
小学校時代、小生は二ヶ所の道場に通っていた。一ヶ所は、サッカーでおなじみの磐田市にある尚道館道場、もう一ヶ所は地元掛川の剣心会スポーツ少年団である。
尚道館は午後四時半稽古開始で終了は六時頃になる。当然、お腹がすく時間帯である。この尚道館の近くに、とても繁盛していた「かにや」というラーメン屋があった。普通のラーメンが350円程度であった当時、この店は600円程度であったと記憶している。小生の大好物のチャーシューメンは何と800円である。とても小遣いでは太刀打ち出来るものではない…
しかし、磐田市内には母親の友人(同級生)が洋服屋さんに嫁いで住んでいた。当時から悪知恵の働く小生は時々「おばさん。」とラーメン目当てに顔を出す。「あら、ひろちゃん。今お稽古終わったの。お疲れ様。お腹空いてない?かにやでも取ろうか?」こうなればしめたものである。
当時のここのラーメンの味は、小生にとっては他店の追随を許さない味であると確信していた。旨かった。今も忘れられない。
一方、剣心会スポーツ少年団は午後7時稽古開始で終了は9時である。夕飯は必然的に軽めとなる。夜の稽古ということで行き帰りは親の同伴であり、当然、車での送迎となる。体つきは相撲取り顔負けの父親である。9時ともなれば当然小腹が空く。「何か食べて帰るか。」この言葉に苦笑い。思わず「待ってました。」
良く寄った店がラーメンと餃子の「宝龍」、寿司の「日の出」、焼き鳥の「辰ちゃん」である。
「辰ちゃん」が一番立ち寄った店である。超若いお客ということもあり、辰ちゃん(もちろん屋号である。)をはじめ周りのお客さんから注目の的であった。
席に座るやコカコーラを注文。今考えると小生意気な小学生である。レバやハツの刺身を注文するのに「生ちょうだい。レバとハツと半分づつね。」である。これを食した後、ホルモンにタンにねぎまを平らげてご馳走様となる。何か大人の仲間入りしたような心持ちであったのだ。ここで一度も注文しなかったものがある。それは「おもろ」豚足であった。今はなんとことないが…どうもあの頃は。
日の出寿しも大好きな店であり、大人の世界に浸れた処である。カウンターに座るやおしぼりで手を拭く。この瞬間が何ともいえないのである。
ここに来ると小生なりの寿司の食べる手順があった。洒落臭いと言われるかもしれない。まずは、握りじゃなくて摘みでげそと卵を注文。お茶を飲みながら味わう。その後、握りで数の子、子持ち昆布、ウニ、イクラ、イカ、タコ、エビそしてトロとなる。子ども心にもトロは高価なもので、あまり注文しては…。父親の財布を心配していたのだろうか。その後、好きなネタを二冠ほど食べて、締めは巻物を二本程度。「包丁入れずにね。」である。
子どもは覚えなくてもよいことを生意気にも覚えて口にするものである。何度も通っているうちに、いろいろなお客からの影響を受ける。
父親の知らぬ間に、ガリだのムラサキだのといった言葉を覚える。覚えれば使ってみたくなる。ある時「ギョクちょうだい。」「ガリちょうだい。」と小生が始めた。父親は笑いながら何も言わなかった…。最後に「上がりちょうだい。」
家に帰り、父親と一緒に風呂に入り「お寿司美味しかったねぇ。」と一言発すると、父親が一言。
「いいかい。ギョク、ガリ、ムラサキ、シャリ、アガリという言葉は、お寿司屋さんが専門に使う言葉なんだよ。隠語って言うんだけどな。お客さんが使う言葉じゃないんだ。本当に知っている人(通)はそんな言葉は使わないよ。」
その後、お店にいっても隠語は使わなくなった。